二次創作女性向小説置き場
主にマギ(シンジュ)青エク(志摩雪及び雪男受)
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2024.05.07 Tuesday
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ほどけない 1
2012.04.14 Saturday
巡り、縺れて、やがてほつれる意図のはなし
***
「ジュダル……」
戦火に囲まれたこの状況でもなお、シンドバッドが俺に向けるのは怒りや憎しみ、苛立ちばかりの視線ではなかった。
(そう、だからこそ、俺は――)
「……やっとだ。俺は、ずっと戦争がしたかった。でっかーいやつを、こうやって、お前と」
背筋がぞくぞくと粟立つような興奮に、知らず口端に笑みが浮かぶ。
(やっとだ)
(やっと、ここまで来た)
もう、やる事は一つだけだった。
まぶたの裏に、ずっとずっと思い描いていた命令式を綴っていく。
「……!!」
その魔法がどれだけ大きなマゴイを必要とするのか肌で感じとったシンドバッドが、信じられないようなものを見る目でこちらを凝視してきた。
(バカだな、)
(まだそんな目してんのか)
(俺は今からこれをお前にぶつけるっていうのに)
その決心は変わらない。
ずっと、戦争がしたかった。
大きな、大きな戦争。
逃げ場のないくらい、徹底的な戦争。
いつからか、それが目的になっていた。
(だって、)
(戦争しなきゃ、お前は俺を殺せないだろ)
(俺の王様になってくれないなら、俺は)
「これでおしまいだ、シンドバッド」
式の布陣は整った。
杖を振り上げて、あとはただ、標的に突きつけるだけ。
(ほら、今だ)
(偽りの殺意を、本気の力で)
「ッッ!!」
俺を見つめる目の中から、やっと憐憫の色が消えた。
目の前が一閃して、シンドバッドの放った一撃が、真っ直ぐ俺の身体のど真ん中を刺し貫いていく。
「―――」
全身がばらばらに散らばって消えていくような感覚に包まれて、生まれてはじめて身体の力が抜けたような気がした。
(よかった)
(うまくできた)
やっと、殺してくれた。
消滅するときが一番ほっとしたなんて、笑えない。
でもそれは確かに、俺がずっとずっと、望んでいたことだった。
***
「ジュダル、起きなさい。朝よ!」
「……へぇ~い…」
いつもと同じ朝。
父親は会社員で、母親はもともと専業主婦だったけど、俺が高校に入った頃から元の職場で働きはじめた。
取り立てて金持ちでもないけれど、何に不自由したこともない、もしかしたら普通より幸福な家庭なのかもしれない。
「あ、前言ってた家庭教師の先生、今日来るから。忘れないでよ?」
「……うぇ…」
朝食を頬張っていたらそんな話題を出されて、苦いものを噛んでしまったみたいに口が歪む。
そんな俺を見てクスリと笑うと、母親はぴしりと着こなしたスーツ姿でひらひらと手を振った。
「じゃあね、いってきます」
「………」
据わった目のまま力なく手を振り返した息子を見て微笑んだ母が、パタンと閉じられたドアに消えていく。
この時は、まだ何の予感もなかった。
この環境が、どれだけ恵まれているものかということも。
まして、どうしてこんなに恵まれた場所にいることができているのか、という疑問なんて、湧くはずもなかった。
それを知るのは、もう少しあとのこと。
「今日から君を教えることになった。シンと呼んでくれ。よろしく」
「………」
初めて顔を合わせたときも、どこか頭の隅っこに違和感が生じただけだった。
「…? どうした? ジュダル…くん?」
「……あ、いや…前に会ったこととか、ないよな…?」
ほんの少し混ざっていた既視感にそう問えば、シンは困ったように笑って首を振った。
「…んー…それはないだろうな。俺は、ここら辺に先日越してきたばかりだ。その短期間で会ったことがあれば、さすがに覚えているよ。…さ、まずは学校でどこまで授業が進んでいるのか、教えてくれないか?」
俺の前に現れた、家庭教師の大学生。
シンの『勉強』はしばしば脱線した。
俺のせいではなく、シンの『おまけの話』が原因だった。
微分と言えば、形容動詞と言えば、塩基と言えば。
テストに役立つことは決してないのに、続きが聞きたくなる話をシンはたくさんしてくれた。
もともと互いに人見知りする性格ではなかったから、そう時間をかけずにすっかりよそよそしさは掻き消えた。
「…おっと、もうこんな時間だ。続きは今度、水曜だな。宿題ちゃんとやっとけよ、ジュダル。優秀だったら、ご褒美をやろう」
「ご褒美ィ…? ん、期待してねェけどやってやるよ」
可愛くない物言いに、がしがしと手荒く頭を撫でてくる大きな手に、じゃれるように痛いと笑って逃げ回る。
「じゃあ、またな」
俺がすべてを思い出すのは、その日の夜のことだった。
*
(殺して、)
(俺を)
(シンドバッド)
「――ッッ!!」
出したこともないような、悲痛な自分の声で目が覚めた。
「ッ…は、…はっ……」
急に飛び起きたせいで、頭がくらくらして、胸が塞がれたようにくるしくて、夢から覚めても頭に流れこんでくる映像は止まらず、むしろより鮮明になってどんどん脳裏に映し出されて。
(そうだ、俺は、戦争がしたかった)
(確実に、シンドバッドに殺されたかった)
(俺のものにならないなら、せめて)
(殺されるほど憎まれて、終わりにしたかった)
「~~~ッッ…!」
(夢、じゃない)
(今も、アレも)
記憶が戻って、まず頭に浮かんだのは『家庭教師』の顔。
(シンドバッド、は)
(思い出してない、よな…?)
『前の自分を殺させた男』は、何も気づいていないようだった。
「………、」
(それでいい)
(こんなの、思い出さなくていい)
(思い出させたく、ない)
『今』の現実感が、一気に手の届かないようなところへ遠ざかっていく。
(…今まで幸せだったのも、この時のためだったんだろうな)
前の記憶を取り戻せば、どれだけ今の境遇が恵まれているか、よくわかった。
だからこそ、それを当たり前だと思っていた自分に記憶が戻ったのだろう。
お前がこんなところでのうのうと暮らしていいわけがない、と言われているような気がした。
今までこの世界で平穏な日々を過ごしてきたせいで、前の自分がどれだけの罪を重ねてきたか、わかるようになっていたから。
(これが、罰ってやつか)
「………」
(いや、)
(こんなんで罰って言うなんて、生ぬるいかな)
自分がしたことを思えば、罰とも呼べないじゃないかと自虐の笑みが浮かぶ。
(そう、今は平和だ)
(戦争を起こす理由も、力もない)
この世界には、ルフが存在しないのか、それとも自分が感じられなくなっただけなのか。
以前だったら心許なくて仕方ない気分にさせられるはずのそれは、今の自分にとって安堵を与えてくれるものになっていた。
(そうだ、今は違う)
(ここは平和だから)
(きっと、うまくやれる)
(そうだろ? 王様)
シンドバッドの姿を目にする度に、犯した罪をつきつけられることはわかっている。
それでも、シンドバッドに違和感を与えないように、知らない振りをしてでも近くにいるべきだと思った。忘れてはいけないし、多少の痛みを伴っても忘れたくなかった。そして――。
「……シン…」
今度こそ、一緒にいたいと思った。
くるしさを覚える胸を押さえつけるようにぎゅっと掴んでも、ちっとも楽になりはしなかったけれど。
今日男が話してくれたおまけ話を宝物のように思い出して、俺は眠りにつく努力をすることにした。
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