二次創作女性向小説置き場
主にマギ(シンジュ)青エク(志摩雪及び雪男受)
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2024.05.07 Tuesday
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ほどけない 2
2012.05.06 Sunday
*
「…ん、」
中間試験の結果がプリントされた小さな紙を、ぶっきらぼうにシンドバッドに渡す。
それを受け取って印字された数字に目をすべらせたシンドバッドは、ぴくりと眉をひとつ動かすと視線を俺に移し、ぱっと笑みを浮かべた。
「よくやったじゃないか、ジュダル! いや~、正直ここまで頑張ってくれるとは思わなかったよ。先生としては鼻が高いな」
わしわしと力強く頭を撫でられて、きゅうっと胸が苦しくなって、自分がどんな顔になっているかわからなくて深く俯いた。
(どうしよう、嬉しい)
(頑張ってよかった)
そんな浮ついた感情を悟られないように努めれば努めるほど、自分が今浮かべている表情は適切なのかどうか、わからなくなっていく。
「…そうだ。がんばったご褒美をやろう。何か、欲しいものは?」
「え……、」
まったく予想していなかったシンドバッドの問いに思わず顔を上げれば、上機嫌な男の顔が視界に映りこんでくる。戸惑った様子の俺を見て、シンドバッドが首を傾げた。
「なんだ、何もないのか? 欲しいもの。行きたいところでもいいぞ?」
「…いや、」
問い直されても、望みなど言えるわけがなかった。
(今ので、十分だ)
(何が欲しい?)
(どこに行きたい?)
(そんなの、俺は望んじゃいけない)
これは『罰』なのだと、思い出す。
自分のしたことを忘れずにいることが、この世界でできる唯一の贖罪のはずだ。
平和な環境に生まれ変わっただけで、十分喜ぶべきことなのだから。
「…そうか。じゃあ、次の期末までに考えておけよ。そっちのほうが、がんばりがいがあるだろう?」
言い淀んだままの俺に助け舟を出すように、今一度頭をポンポンと撫でてシンドバッドが笑う。子供扱いのようなその仕草にむすっとした表情をつくって軽く睨みつけると、ははっと軽く笑い声をあげてシンドバッドの大きな手が離れていく。
これでいい。
この世界で、頑張って、シンドバッドに認められて、できるなら、傍にいたい。
それだって行き過ぎた望みだとわかっているけれど、昔のことを忘れないためと言い聞かせて、俺はシンドバッドの背中を追いかけていた。
シンドバッドは、大学で電子システムを学んでいた。
プログラミング言語には俺も興味があったから(それはしばしば記憶に残っている魔法の命令式に似ていた)、俺はシンドバッドの後を追うようにして同じ理系の道を進むことにした。
シンドバッドから学ぶことは楽しかったし、頑張ればその分褒めてくれた。俺はますます電子の道に夢中になって、のめりこんでいった。
でも、そうやって俺が目的を見つけて道を踏み外さないように、大切な人に踏みこみすぎないようになんとか過ごしているうちに、いつの間にかシンドバッドはもう、違うほうを向いていた。
彼を追って入った大学。
シンドバッドはもう卒業してしまったけれど、それでも同窓として話せることは沢山あったし、就職した先の仕事の話も聞かせてもらえると思っていた。
「シンドバッド? あいつなら今この国にいないよ」
入学準備でばたばたしているうちに、シンドバッドは俺に何の連絡もなく姿を消した。
あいつは大手企業に就職したあと、大規模なシステム構築プロジェクトを成功させると会社を辞め、――出版社を立ち上げた。
聞けば、海外を飛びまわった冒険記をまとめ、出版しているという。
ジュダルの家庭教師をしているときから、たびたび各国を旅行していることは知っていた。土産話を聞くのも好きだった。でも――。
(俺は、置いていかれたんだ)
真っ暗な穴に突き落とされたような虚無感に、呑みこまれそうになる。
(わかってる)
(俺は、望んじゃいけない)
(でも、)
生々しい記憶が蘇る。
腹の底に重く澱んでいく、どす黒い感情。
(また、俺を置いていくのか)
(なんで)
(わかってる、お前は俺のものにならないんだって)
(でも)
どれだけ罰だと自分を戒めようと、期待する資格などないのだと言い聞かせようと、結局俺はシンドバッドを欲していた。
この渦巻く感情の矛先を、どこに向けたらいいかわからない。
プログラムの研究は面白かったけれど、どう頑張っていいのかわからなくなって機械的に手を動かすだけの大学生活の日々の中、声をかけてきたのはあの『組織』によく似た空気を纏った人物だった。
「あなたのその研究、我が社で使えますよ」
そう言った男が属するのは、シンドバッドが立ち上げたのと同じ『出版社』。
その事実を知って、研究に没頭することで忘れかけていた黒い感情がどろりとあふれだす。
(なんで、)
(あいつは誘ってくれなかった)
(俺じゃ、関われない分野だと思っていたのに)
(それならまだ、諦めがついたのに)
(こいつは俺を必要としてるのに、シンドバッドは俺を必要としてない)
(やっぱり、俺はいらないんだ)
「――ッッ!!」
身体の中が、真っ黒になった気がした。
この上ないくらい頭から血の気が引いて、指の先まで冷たくなるような冷静さを連れてくる。
「…いいよ。お前の会社、手伝ってやるよ」
男は、俺のその言葉を耳にするとぞっとするくらい静かに笑みを浮かべた。
どんな偶然か、俺は知らない。
ただ、男に差し出された名刺には、八芒星の社章がはっきりと印字されていた。
→
「…ん、」
中間試験の結果がプリントされた小さな紙を、ぶっきらぼうにシンドバッドに渡す。
それを受け取って印字された数字に目をすべらせたシンドバッドは、ぴくりと眉をひとつ動かすと視線を俺に移し、ぱっと笑みを浮かべた。
「よくやったじゃないか、ジュダル! いや~、正直ここまで頑張ってくれるとは思わなかったよ。先生としては鼻が高いな」
わしわしと力強く頭を撫でられて、きゅうっと胸が苦しくなって、自分がどんな顔になっているかわからなくて深く俯いた。
(どうしよう、嬉しい)
(頑張ってよかった)
そんな浮ついた感情を悟られないように努めれば努めるほど、自分が今浮かべている表情は適切なのかどうか、わからなくなっていく。
「…そうだ。がんばったご褒美をやろう。何か、欲しいものは?」
「え……、」
まったく予想していなかったシンドバッドの問いに思わず顔を上げれば、上機嫌な男の顔が視界に映りこんでくる。戸惑った様子の俺を見て、シンドバッドが首を傾げた。
「なんだ、何もないのか? 欲しいもの。行きたいところでもいいぞ?」
「…いや、」
問い直されても、望みなど言えるわけがなかった。
(今ので、十分だ)
(何が欲しい?)
(どこに行きたい?)
(そんなの、俺は望んじゃいけない)
これは『罰』なのだと、思い出す。
自分のしたことを忘れずにいることが、この世界でできる唯一の贖罪のはずだ。
平和な環境に生まれ変わっただけで、十分喜ぶべきことなのだから。
「…そうか。じゃあ、次の期末までに考えておけよ。そっちのほうが、がんばりがいがあるだろう?」
言い淀んだままの俺に助け舟を出すように、今一度頭をポンポンと撫でてシンドバッドが笑う。子供扱いのようなその仕草にむすっとした表情をつくって軽く睨みつけると、ははっと軽く笑い声をあげてシンドバッドの大きな手が離れていく。
これでいい。
この世界で、頑張って、シンドバッドに認められて、できるなら、傍にいたい。
それだって行き過ぎた望みだとわかっているけれど、昔のことを忘れないためと言い聞かせて、俺はシンドバッドの背中を追いかけていた。
シンドバッドは、大学で電子システムを学んでいた。
プログラミング言語には俺も興味があったから(それはしばしば記憶に残っている魔法の命令式に似ていた)、俺はシンドバッドの後を追うようにして同じ理系の道を進むことにした。
シンドバッドから学ぶことは楽しかったし、頑張ればその分褒めてくれた。俺はますます電子の道に夢中になって、のめりこんでいった。
でも、そうやって俺が目的を見つけて道を踏み外さないように、大切な人に踏みこみすぎないようになんとか過ごしているうちに、いつの間にかシンドバッドはもう、違うほうを向いていた。
彼を追って入った大学。
シンドバッドはもう卒業してしまったけれど、それでも同窓として話せることは沢山あったし、就職した先の仕事の話も聞かせてもらえると思っていた。
「シンドバッド? あいつなら今この国にいないよ」
入学準備でばたばたしているうちに、シンドバッドは俺に何の連絡もなく姿を消した。
あいつは大手企業に就職したあと、大規模なシステム構築プロジェクトを成功させると会社を辞め、――出版社を立ち上げた。
聞けば、海外を飛びまわった冒険記をまとめ、出版しているという。
ジュダルの家庭教師をしているときから、たびたび各国を旅行していることは知っていた。土産話を聞くのも好きだった。でも――。
(俺は、置いていかれたんだ)
真っ暗な穴に突き落とされたような虚無感に、呑みこまれそうになる。
(わかってる)
(俺は、望んじゃいけない)
(でも、)
生々しい記憶が蘇る。
腹の底に重く澱んでいく、どす黒い感情。
(また、俺を置いていくのか)
(なんで)
(わかってる、お前は俺のものにならないんだって)
(でも)
どれだけ罰だと自分を戒めようと、期待する資格などないのだと言い聞かせようと、結局俺はシンドバッドを欲していた。
この渦巻く感情の矛先を、どこに向けたらいいかわからない。
プログラムの研究は面白かったけれど、どう頑張っていいのかわからなくなって機械的に手を動かすだけの大学生活の日々の中、声をかけてきたのはあの『組織』によく似た空気を纏った人物だった。
「あなたのその研究、我が社で使えますよ」
そう言った男が属するのは、シンドバッドが立ち上げたのと同じ『出版社』。
その事実を知って、研究に没頭することで忘れかけていた黒い感情がどろりとあふれだす。
(なんで、)
(あいつは誘ってくれなかった)
(俺じゃ、関われない分野だと思っていたのに)
(それならまだ、諦めがついたのに)
(こいつは俺を必要としてるのに、シンドバッドは俺を必要としてない)
(やっぱり、俺はいらないんだ)
「――ッッ!!」
身体の中が、真っ黒になった気がした。
この上ないくらい頭から血の気が引いて、指の先まで冷たくなるような冷静さを連れてくる。
「…いいよ。お前の会社、手伝ってやるよ」
男は、俺のその言葉を耳にするとぞっとするくらい静かに笑みを浮かべた。
どんな偶然か、俺は知らない。
ただ、男に差し出された名刺には、八芒星の社章がはっきりと印字されていた。
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