二次創作女性向小説置き場
主にマギ(シンジュ)青エク(志摩雪及び雪男受)
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2024.05.06 Monday
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迷い猫はしんだふり 5‐1
2012.06.02 Saturday
「うーん……」
ジュダルに送り出されて仕事場に向かう道を歩きながら、シンドバッドはここのところずっと胸を占めているもやもやした違和感について考えていた。
『……ん、』
決して笑顔ではないものの、最近ジュダルはひらひらと手を振って玄関口までシンドバッドを見送ってくれるようになっていた。
(それはいい。もちろん、よろこばしいことだ)
しかし、その変化を思い出して口元を緩めるには、障害とも呼ぶべき違和感が横たわっていて。
(やっぱり、おかしい)
(あれだけ最初の頃にあったスキンシップが、まるでない)
性的なものだけではない。
くっついてきたり、寄りかかってきたり、そういったちょっとした類のものまでいつのまにかなくなってしまっていた。
「………」
(もちろん、それがこの間俺が告げた言葉を理解してくれた結果ならいいんだ。『何もしなくていい』というのが、きちんと伝わっているのなら)
シンドバッドの言いたいことを理解してやめたのだとしたら、当初の馴れ馴れしいスキンシップも『無理』をしていたということになる。
(まあ……少々さみしくはあるが。――いやいやいや、ああいうことをしてほしいわけではないが、こう、普通に触れる程度ならいいじゃないか。あの距離の取り方は少し、極端に思えるんだが。…それとも、それはただの俺の願望なのか?)
(俺は、もっと、ジュダルに近くにいてほしいと)
不意にぷかりと浮かびあがったジュダルへの個人的な感情を、かぶりを振って胸の底に押しこめる。
(…いや、今は自分の気持ちなどどうだっていい)
(とにかく、ジュダルのことだ)
(この間のジュダルは、酔いのせいかも知れないが、確かに様子がおかしかった)
(距離を保って、くっついてこないのに、そのくせ『俺の身体は嫌いか』と聞いてくる。…あれはきっと、酒が引き出した弱音なんだろう)
ジュダルが無理に触れてこなくなったのは、シンドバッドがその手を一度強く払ってからだ。
拒まれたから、自信がなくなって、身体を繋ごうとしなくなった。
不安気に瞳を揺らして、つらそうにくしゃりと顔を歪めて泣いていたあの日のジュダルを思い出せば、なんとなくそれはわかるような気がした。
(あんな顔、初めて見た)
酒さえ飲まなければ、ジュダルはずっと抱えていた不安を表に出すことはなかったのかもしれない。
(俺はもっと、目を凝らす必要がある)
(あいつはただ、好きなようにやりたいことをやっているんだとばかり思っていた)
(でも、そうじゃなかった)
もしかしたら、シンドバッドが考えていたよりもずっと、ジュダルの抱えている問題は深刻で複雑なものなのかもしれない。
それはわかったけれど、ジュダルが不安を吐露して泣いたあと、シンドバッドはそれが誤解だとちゃんと告げたのだ。
ジュダルの身体が気に入らないとか、そういう理由で触れないのだはないのだと。何もしなくて大丈夫だからと。
(あいつが自分の身体を最大限利用できることも、実際していることもわかっている。だからこそ、そんなことをする必要はないんだと言った)
そのはずなのに、あれから胸を巣食う違和感は消えるどころか、じわじわと輪郭を現しはじめているような気がするのだ。
(『何もしなくていい』という言葉は、はたして正確な形でジュダルの心に届いているんだろうか)
もし届いているにしても、ずっと晴れないままの表情と、ぎこちなく隔たれた距離が生じている理由がわからない。
(一体何が足りないんだろう)
(今、ジュダルに必要なものがあるはずなのに)
「はぁ……」
(少しずつ、よくなっていると思っていたんだが)
思い返してみて、ふと気づく。
ジュダルの屈託ない表情を目にしたのは、どれくらい前のことだろう。
(仕事も今は安定しているし、まずはじっくり腰を据えて、俺ができるだけのことをしよう)
(あいつは隠し事が上手いとわかったのだから、目を凝らせばわかるはずだ)
(俺はジュダルのことを、もっと知らなきゃいけない)
それから、シンドバッドはできるだけ早めに仕事を切りあげて、ジュダルの待つ部屋に帰ることにした。
他愛もないことだけれど、一緒に食事をして、食後のコーヒーを飲みながらDVDを見たり、ソファーでうたたねしたり、同じ空間で生活する時間を増やしていくことが必要だと思ったのだ。
置かれていた距離も、少しずつ意識して詰めるようにした。
食器洗いを手伝ってくれれば頭を軽く撫でたり、ソファーで隣り合って座るときに肩が触れるまで身を寄せてみたり。それを払ったり拒んだりする様子は見られなかったのだが、ジュダルはたまに泣きそうな顔をするようになった。
それが、シンドバッドが触れたときに起こるのだと気づくのにそう時間はかからなかった。
とはいっても、ジュダルがあからさまな反応を見せることはない。シンドバッドに気づかれないように、こちらが意識しなければわからないようになっていたから、もしかしたらジュダルはもうずっと前からシンドバッドに触れられるとそんな顔をしていたのかもしれない。
「……ッ…、」
つきりと痛む胸。
(ジュダル)
(俺といるのが、苦痛なのか?)
一緒にいる時間を増やせば、こちらから手を伸ばせば、いい方向に向かうのではないかと思っていた。
しかし、シンドバッドが伸ばした手は、望まれたものではなかったのかもしれない。
(やっぱり、ただの俺の願望だったのか)
ジュダルのためにと起こした行動は、結局シンドバッドが心の奥底で触れたいと思っているから生まれただけで、ジュダルにとってはただの苦痛でしかないのではないか。
(必要に迫られなければ、あの馴れ馴れしささえ受け取ることもかなわない存在なんだな、俺は)
どうにかして自分を抱かせようとしていたときの、ジュダルのいたずらっぽい笑みを懐かしく感じて思わず自嘲の笑みに口元がゆがむ。
しかし、ジュダルに嫌われているかもしれないと気づいたところで、そう簡単に『俺といるのが嫌なら、無理にここにいなくてもいい』なんて大人らしく手放せるほど、シンドバッドも達観した人間ではなくて。
個人的な感情を抜こうと思っても、躊躇する気持ちは消せなかった。
(いやいや、そもそもまだジュダルが俺のことを嫌いだと決まったわけじゃない)
(そうだ、だってあいつは俺を脅してまでここに置けと言っていたんだぞ?)
(……いや、待てよ、でも)
ふっと浮きあがった仮定のピース。
(でも、それが、ただ生きていくためだけに起こした行動だとしたら?)
それは、眩暈を感じるくらいにぴったりと欠けていた場所を埋めているように見えた。
(そう、あそこ以外で生きていくために、俺を利用して、払えるものは自分だけだから、拒まれれば不安になるのは当然で、それは確かに生活できる場所を失ってしまうということで)
(脅すくらいここに執着したのも、住むところがあって、食いっぱぐれもなくて、ただあそこよりマシだったからというだけで)
考えは止まらなくて、それと比例するようにしくしくと胸の痛みは深まって。
(こんな生き方、本当はしたくないんだとしたら?)
(他に、方法を知らないだけで)
(それこそ、ただ生活できる場を得るために、好きでもない人間と一緒にいることで、心を削ってまでここにいるのだとしたら)
「……っ…」
覚悟を決めるように、ごくりと喉が上下する。
(もしそうなら、俺はこの手を離さなきゃいけない)
(離したくない、では済まない)
(俺と一緒にいることでジュダルが損なわれてしまうなら、俺のいない、どこか自由なところへ)
ジュダルのために何ができるかずっと考えていたけれど、その答えはあっけないほどすぐ近くにあったのかもしれない。
ただ、自分が手放したくなくて、見ないふりをしていただけで。
(これはただの自分のエゴだ。手配するだけ手配して、あとはジュダルが選ばなければ仕方ない)
ただ、やめさせたかった。
好きでもない人間に触れるのが、身体を与えるのがつらいのなら、しなくてもいいんだと。
生きるための手段は、他にいくらでもあるのだと。
それを教えることが、自分がジュダルにできる最後の役割のような気がして、シンドバッドは終わりへ向けた準備に考えを巡らせはじめた。
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