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二次創作女性向小説置き場 主にマギ(シンジュ)青エク(志摩雪及び雪男受) 18歳未満の方の閲覧はご遠慮願います
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つよがり 3 ※サンプル
サンプル続き こんな感じの本が出ます




拍手[8回]


3


 
 あのとき確かに、何かがおかしかった。
『何、お前もなの?』
『いいけど、覚悟しろよ』
 今までこんな忠告めいたことを言ったことなどなかったのに。
 触れてくる大人たちの手を『バカだな』と思いながらも、誘う手を止めたくなったことなんてなかったのに。
『お前は、本当にそれでいいのか?』
(なんだよ、何いってんだよアイツ)
(いいに決まってるだろ)
 やっと、ここまできたのに。
 ここまで強くなったのに。
 耳にこびりついた言葉を、うまくやりこめて胸に収めることができない。
 いいひとぶった大人の戯れ言だと鼻で笑うより、聞かなければよかったと耳を塞ぎたくなる。
(なんで、どうして)
(あの一言で、こんなにも)
「………っ、」
 いつの間にか指であやしていたせいで緩くなったネクタイの結び目を、ぐしゃりと潰すように掴んで胸に押しつける。
(くるしい、)
 いつまで経っても肺にのしかかったような息苦しさは消えなくて、ジュダルは思い通りにならない身体を舌打ちすることで誤魔化した。
 


 
 
***


 
 
 
『これは私と君だけの秘密だよ』
 こわかった。
 新しい父の目の真剣さが、つくる笑みが、いつもと違う色をしていたから。
 トンと胸を軽く押されて、背中から倒れた身体を受け止めてくれたのはやわらかいベッドだった。
『…えっ…?』
 服の上から身体をまさぐりはじめる、おとなの大きな手。
 その体温が、かさついた感触が直接脇腹を撫でたのと、養父の目がどこかで見たようなものだと思い出したのは、ほぼ同時だった。
『――ッッやだ…!!』
 同じだった。
 最初の家で触られたときと、同じ。
 気がついたときには、もう遅かったけれど。
『やだ、なんで…や…っんぐ、む、うぅ…――ッ!!』
 声をあげれば、口を塞がれた。
 足をばたつかせれば、両手も一緒に縛られた。
(やだ、やだ、なんで)
 素肌を這い回る指のざらつきが気持ち悪くて、有無を言わせない力の強さがこわくて、逃げようとすれば退路は次々に潰されて。
(――やだッ!!)
 
「ッッ――!!」
 悲鳴をあげる寸前で飛び起きて、一気に目が覚めた。
「はっ……、……あー……最ッ悪…」
(なんで今更、こんな夢)
 小さい頃の悪夢など、もうずっと見ることはなかったのに。
 それはただの悪夢などではなく、紛うことなき現実なのだけれど。
 夜着の襟元をぎゅっと掴んで、荒くなった呼吸で上下する胸を収めようと、押し殺すように息を吐いて、吸ってを繰り返す。
(なんであんな、弱いときの夢なんか)
 ぐらぐらと頭の芯がぶれているような感覚をやり過ごそうと、ジュダルは自分を落ち着かせるために言い聞かせた。
(そりゃ、最初は仕方ないだろ)
(大丈夫、今は違う)
(あんなブザマなところ、見せたりしない)
(あんなの全然、)
(逆手に取ってみせる)
(弱みを、握ってみせる)
 少しずつ少しずつ、頼りなくなっていた感覚がしっかりと補強され、元に戻っていく。
(大丈夫だ、)
(あれはただの夢、ただの過去)
(俺は今、強いんだから)
 なんとか眠りに漕ぎ着けた次の日、登校してシンドバッドの姿を見てから、ぼんやりとした頭はやっと昨日言われたことを思い出した。
「……ッ、」
(あいつは、何もわかってない)
 本当はそれが気に食わないから、もっともっと接触して巻きこんでやるつもりだった。
 でも今、シンドバッドに駆け寄ろうとする足はすっかり固まっていた。
(なんでだ?)
『本当にそれでいいのか?』
 たったあれだけの言葉が、まだ耳のすぐそばで主張を繰り返してくる。
「………」
 ジュダルはすっきりしない重さを抱えた心を持て余したまま、解決策も思いつかずにむっと眉を寄せることしかできずにいた。
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
「は、…ッはぁ…くそ、ッう…く、ン…っは…!」
 失敗した。
「ッッぅ…! っんだよォ、これ…ッふ…!」
 枯れた男だからと、玩具の使用を許していたのがいけなかった。
 押しこまれた異物から伝わる得体のしれない不快感も、生身の人間の手のひらから伝わる生ぬるい体温の不快感も、大して変わりはなかった。
 どうせ、すぐに熱が生まれてどちらでもよくなるのだから。
 しかし、今日は玩具に妙なオプションがついてきた。
 ぐっと奥まで玩具が突きこまれたかと思うと、深いところで固定するように何かを穿かされた。鍵とベルトのついたそれを見た瞬間肌が感じとった危機感のままに、ジュダルは男の脳天に拳を振り落としていた。
 シーツに突っ伏して倒れた男の身体や衣服を探っても鍵らしきものは見当たらず、少し身体を動かす度に体内に埋め込まれたものがぐりっと動くせいで長居をしているわけにもいかず、何かあったときのためにと人目につく場所までなんとか歩いてきたのだが。
(…やばいだろォ、これ…)
 全身が熱くて、噴き出す汗が止まらない。
 じくじくと体内のやわらかい箇所から生み出される熱が理性まで蝕んでくるような疼きを訴えてくるから、もしかしたら薬も塗られているのかもしれない。
 その可能性に思い至ればこのまま屋外にいるわけにもいかなくて、喘ぎそうになる息を抑えながら携帯電話の連絡帳を操った。
「……ッ…、…は…ぁ…」
 家までは、帰れそうもない。
 というより、帰りたくない。
 こんな状態で帰ったら、そう想像するだけで疲れを含んだ重たい息がこぼれた。
 ぼんやりと熱に浮かされた頭が描き出すのは、ただひとり。
(そうだ、俺は)
(まきこんでやるんだ)
 怯む心など、理性と一緒にあいまいに溶けていった。
 欲しい気持ちだけが、ジュダルの胸の中に取り残されていく。
 とっくに登録してあった“シンドバッド”の名前を画面に見つけて、ジュダルは通話ボタンを押していた。
 
 
 
「………なんだ、これは」
 シンドバッドの住むアパートになんとか辿り着いて、インターホンを鳴らせば望んでいた相手はすぐに姿を現した。
 室内に転がりこむようにシンドバッドの胸に体当たりして、ぐったりと熱をもった身体をわからせるように押しつければ、戸惑ったような、少し不機嫌そうな声が問うてきた。
「…ッんなの、見りゃ、わかんだろっ…」
 縋るようにその大きな体躯に腕を回してぎゅっと抱きつけば、触れた箇所が緊張してこわばったのが伝わってきた。
「ジュダル……」
 困惑を滲ませた声。
 追い返されそうな気配を感じて、ジュダルは熱をもってだるくなった口を開いた。
「…なに、このまま、帰れって…? …したら、あのクソオヤジに何されるか、わかったもんじゃねェし、」
 無意識だった。
 ほぼひとりごとのように、その言葉はするりと声になって出てきてしまった。
「はっ!? おいジュダル、まさか」
 でも、そのときは気づかなかったのだ。
 シンドバッドがまるくこわばった目で凝視してきていても、一度ゆるくなった口はぽろぽろと愚痴をこぼしていた。
「クソッ…あの変態教師…っは……やらかすかもしんないとは思ったけど、ここまでする、か…? んッ…!」
 少し体勢をずらしただけで異物が中を擦って、縋りつく指にきゅうと力がこもる。
 制服の下はもう限界が近かった。このままぐずぐずしていたら、目の前の身体に腰を擦りつけて楽になることを選んでしまいそうだった。だからその前に“決定打”を確認して安心したかった。ジュダルはうつむいていた顔を上げ、興奮しきってかすかにふるえる口を開けた。
「…なあ、ッ…たすけて?」
 小首を傾げて、吐息の間から湿った声を出して、わざとらしいくらいに誘ってみせる。しかし、本来なら庇護欲を誘うために苦しげな、縋りつくような表情をつくるはずだったのに、ジュダルはいつの間にか冗談めいたように口端を笑みのかたちに引き上げていた。
(なんでだ、)
(かわいそうって思われたくないのか、俺は)
 笑みを引っこめることができず、ジュダルは戸惑っていた。
 それでも視線だけはじっと注いでいると、こくりと唾を飲みこむ音が聞こえたから、誘惑は成功しているのだと言い聞かせて落ち着きを取り戻した、はずだった。
「………ッ、」
 しかし、一度目を逸らしたシンドバッドが次にジュダルに向けた目は、ジュダルの胸をチリッと焼くものだった。
「ジュダル…」
「……!」
 触れた先の肌が、じわじわと熱くなってくる。
 普段こちらに伸ばされることのない手が動いて、肩が抱き寄せられる。
 確かに手応えは感じられるのに。
「~~ッ…ぁ、…んっ…!」
 胸の奥が不穏にざわつく。
(なんだよ、その目は)
 居心地の悪い視線が、肌を撫でていく。
 身体の様子を確認するように、手のひらが事務的な動きでジュダルの身体をなぞりはじめた。
「ッン、ん…!」
「…? なんだ、これ…ベルト?」
「っは…脱げね、んだよッ…鍵、ねェし……、…っなぁ、どうにか、んッ…!」
 やっと現状を理解したのか、シンドバッドの口から重いため息が漏れた。
 不意にふわっと身体が浮いて、抱き上げられたのがわかる。
「ハサミかナイフだな。…移動するぞ」
「ッ…んっ…は、ぁ……」
 熱に霞む目をぼんやり開いたまま、ジュダルはシンドバッドの首にしがみついてコクンと頷いた。
 
 
 
 ジャキッと大きめの鋏が革のベルトを切断する。
「ッッは、ん、はやっ…はやく、ンッ…これ、とって、とって…っふ、あ…!」
 ジュダルの身体が降ろされたのはソファーの上だった。
 制服のスラックスが抜き取られて、下肢にぴったりと密着した貞操帯から解放されたと思ったらたまらなくなって、それが取り去られるよりも早く張りつめた昂ぶりをシンドバッドの太股に擦りつけていた。
「あ、あッ…ん、はっ…く、ぅうン…ッ…、」
(さわって、)
(中、かきまわして)
 ぼぅっと熱い靄のかかった頭に、直接的な言葉がいくつも浮かんでは消えていく。
「…ジュダル、」
 身体を密着させるように抱きついていたジュダルの腹へと手が伸びて、臍の下をそろりと撫でてくる。
「ッ!? っひ、ンン…ッ…! …や、っや、だ」
 それだけでびくびくっと過剰なくらいに腰が跳ねて、突き出すように浮き上がって、下肢がじわりと溶ける。
 この快感が欲しかったはずなのに、ジュダルは首にしがみつかせていた腕をほどき、突っぱねるように目の前の男の胸を押していた。
 思い出してしまったから。
 触れてくる男の目が、確かに痛ましいものを見るような憐憫の色をしていることを。
 居心地の悪さが、何によるものなのか、気づいてしまったから。
 それに気づいたら、腹の奥が疼きとはまったく別の熱で煮えて、ぐぐっと身体の距離をあけるように胸においた手を突っ張っていた。
「ッんだよ、ンな目で見んなら、さわんなよ、ア…ッ…!」
 一度屋内に逃げこんだことで気が緩んだせいか、本当に少しでも動けばびりっと背筋を強い快感が駆け上がってしばらく動けなくなる。それでも注がれ続ける視線が胸を焼いて、腕の中から逃げようと渾身の力をこめてソファーから転がり落ちれば、男がベルトを掴んでいたせいでセットになっていたディルドがずるりと抜けた。
「っああぁ…!!」
 いきなり勢いよくずるずるっと引き抜かれたせいで中の凹凸を擦っていった玩具に、目の前がちかちかと白く明滅する。
 床に膝をついたのとほぼ同時にぴしゃりと内股を濡らした白濁に、ジュダルは羞恥を感じる余裕もないままくったりと上体をソファーに寄りかからせていた。
「っは、はぁ…は、はっ…ン、はぁっ…、…は…」
「…だ、大丈夫か、ジュダル」
「ッ触んなつってんだろ!! っう、は…ッ…ん、く…っ…」
(なんで、)
(こんな目、いちどもされたことなかったのに)
(なんでこんな目で、おれを)
「は、はぁ…っは、……ッう、はぁ、はっ……!」
 もっともっとと刺激を欲しがって昂ぶる身体と、未だ色を変えず注がれ続ける哀れみを帯びた視線のせいで胸が引き絞られるように苦しくて、一度開いた口からはせわしない呼吸音が漏れるだけで。
 そんなジュダルに視線をすべらせながら、シンドバッドの手のひらが背を撫でて、大きな胸板に寄りかからせるように抱き寄せてくる。
 耳元に寄せられた唇から、温もりを思わせるような落ち着いた声がとろりとそそぎこまれた。
「……ジュダル。苦しいんだろう?」
「っ…あ、や…っぅ、うッ…!」
 声とともにそろりと背を撫でる指がどんどん下りてきて、まるで身体の反応を確かめるように腰のあたりを辿っていく。それだけでぶるっと腰がふるえて、達したばかりの性器がじわっと熱くなった。その刺激に耐えるように思わずぎゅっと握り締めてしまったのは、シンドバッドの胸元のシャツだった。
「…どうにかしたくて、俺のところに来たんだろう?」
 腰をなぞっていた指が前に回って、熱くなった箇所に直接触れてくる。
「っひ、や、ッッ…や、め…ぁ、あッ…!」
 腰に響いたのはあまりにも強い刺激で、ジュダルの腰は逃げるようにいやらしくうねった。
「っふ、ぁ、アッ…や、うぅ…っく、ん、ンッ…!」
(やだ、きもちい、やだ)
 やっと触れてくれたのに、しっかり巻きこんでやったのに、胸が塞がれたみたいにくるしい。
 熱を解放するために動かされる指は、確かに十分すぎるくらいの快感を連れてきてくれているのに。
「はっ…あ、あぁッ…ん、っや、やだ、う、あ、あっ…アッ…!」
 大きな手のひらにすっぽり包みこまれて、ゆるゆると上下に扱かれるだけでも、腰から下がぐずぐずに融けていくようだった。それでもふとしたときにジュダルの肌をちりりと焼くのは、やさしい男の哀しい視線。
(なんだよ、)
(養父(オヤジ)のこと言ったのがまずかったのか?)
(俺は、可哀想なんかじゃないのに)
「……ッッ!」
 ぎゅっと歯を食い縛ろうとしても、手の内で擦りあげるように追いあげられてしまえばすぐに唇はほどかれて、感じきった声があふれてしまう。
「~~っ、は、アッ…! あ、ぅんン…あ…ッッ!?」
 いきなりずるっと中に入りこんできた指の感触に、ジュダルの声が跳ね上がった。
 信じられないものを見るような顔で見開いた目を上げれば、こちらを向いたシンドバッドもまた少し驚いたように顔を引いたあとで、人の悪そうな笑みに口端を引き上げた。
「お前…自分で擦りつけてたんだぞ? 気づかなかったのか?」
「はっ…――!?!?」
 そう指摘された瞬間羞恥にかぁっと頬が焼けて、どうしようもなく中の指を意識してしまいきゅうぅっと全身に力がこもる。既にぐずぐずになるくらいほぐされていた内襞が、異物を奥に奥に取りこもうとざわつきはじめてジュダルの理性を追いこんでいく。
「はぁっ…ひ、ン、あっ…! っや、そこ、そこ、ふアッ…あ、あぁ…ッッ!」
 中に埋めこまれた指がゆっくり、しかし強く押すように動きはじめる。
 敏感になりすぎた身体を性急に追いあげるようなことはせず、限界がくれば前への刺激も加えて射精を促してくる、優しい手。
「ひっん、あ、もっ…シ、シン、あ、んん…――ッッ!!」
 両手が塞がっている間は、まるで子をあやすように頬に、こめかみに、唇が触れていく。
(やめて、やめて)
(やめないで)
 やさしくやさしくされるたびにジュダルの胸のくるしさは増して、それでも確かに気持ちよくて。
 体内に巣食う熱がすっかり抜けるまで何度も何度も達かされて、不意にふわりと身体が軽くなったような幸福感に包みこまれたかと思えば、ジュダルの意識はふつりと途切れていた。
 
 
「……ッッくそ、」
 目が覚めて、すっかり軽くなった身体を自覚すればジュダルはすぐさまシンドバッドの部屋から飛び出した。
 ほんの少しだけじくじくと熱をもっていた腰を庇いつつ、できるだけシンドバッドから離れたくて大股で歩を進める。
「…くそっ」
(あいつなんかに会いに行くんじゃなかった)
(あんな、ばかみたいに優しい手なんかに)
 何もかもが気に食わなかった。
 同情するような目も、やさしすぎる手のひらも、すべて。
 与えられたのが気持ちのいいことだけだったら、とっくに勝った気になれていたのに。
 今まで“誰か”に触られた感覚のすべてを、忘れてしまいそうだった。
(別に、いいじゃんか)
(あいつらのことなんて、覚えてなくたって)
 一度はそう思ったけれど、いざその“誰か”のことを思い出そうとすれば、逃げ道がなくなったような喪失感に苛まれることになった。
 あの大きな手のひらの感触ばかりが蘇って、“その他”が思い出せない。
 それは、つまり。
(いやだ、だって)
(あいつは、俺のことなんか別に触りたくないってのに)
(それだけは、絶対やなのに)
(あいつだけに、触ってほしくなるなんて)
「~~~ッッ!」
 考えれば考えるほど募るばかりの後悔に、くしゃくしゃと頭を掻いていると、ポケットの携帯電話がふるえてびくっと肩が跳ねた。
 まさかと思って心臓をざわつかせたままディスプレイに映し出された名前を見れば、あからさまなくらいに頭がすぅっと冷静になっていくのがわかる。
「……――、…なァんだよ、教頭センセ」
(そうだ、)
(忘れそうなら、新しく増やせばいい)
(あいつ以外に触られる記憶を)
「…なあ、今夜どう?」
 上書きすればきっと、たった一度きりの昨夜のことなんか、忘れられる。
 そう胸の内で呟いて、ジュダルは電話口の向こうに誘惑めいた笑みを浮かべた。
 
 
 
 
 
***
 
 
 
 
 
「おいシンドバッド、責任とれ」
 自宅のドアを開ければ、ジュダルが至極イライラした様子で立っていた。
「…………は、」
 ジュダルが何を言っているのかわからない。
 思わずあの日の出来事が頭に浮かんだが、あれから既にかなりの日数が経っていた。
 その空白期間をかんがみれば困惑するのは仕方のないことと言えたが、そんな逡巡のうちにジュダルはずかずかと室内にあがりこんでいく。
「ちょ、…ッジュダル!?」
 あの日以来ちょっかいもかけず、一ヶ月あまりおとなしくしていたかと思えばこのありさまだ。
「俺、今日からここに住むから」
「はァ?!」
 シンドバッドを振り向いて浮かべた笑みは、やはりどこか怒りに引きつっていて。
「どうせ今さら、ホゴシャのことなんか引き合いに出すなよな」
「…!」
 あの日、ジュダルがこぼした台詞がシンドバッドの耳に蘇る。
『あのクソオヤジに何されるか、わかったもんじゃねェし』
「ジュダル……」
 思わず視線を返した先の瞳は、シンドバッドのそれとかち合うと余計に眦を吊りあげたように見えた。
「ッ……」
 それはどうやら錯覚などではなかったらしく、今一度キッと睨みつけられる。
 シンドバッドは、まだ理事長――ジュダルの父親が息子に何をしているのか、確かな情報を掴むことができずにいた。内容が内容なだけに簡単なことではないとわかっていたが、事実が確認できない以上、事実を否定することもできない。そう考えれば保護という形でここにジュダルを置いてもいいとは思う。
 ただ、怒りをまとわせて何かを隠しているような、その視線が気になった。
 それに、今まで本当にこの一ヶ月、おとなしくしていたのかということも。
 今のジュダルは、一ヶ月前と明らかに様子が違っていた。
「…ジュダル、おいで」
 それが何なのか確かめるため、シンドバッドは神経を尖らせたまま己を睨み続ける少年の手を掴み、引き寄せていた。
 
 
 






(つづく)

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